大真面目だがいつでも行きあたりバッタリ

1979年に14才で「若年型糖尿病(現在の1型?)」を発症。現在まで合併症無し。(1型糖尿病ではなく「インスリン依存型」で止まってる)幼稚園児頃から中耳炎を繰り返し、33才の時に聴覚障害2級に。

たわけた文章を書き、試行錯誤しまくった経験とカンに頼っているし。
いつでも行きあたりバッタリな上に自己流だが、血糖コントロールは大真面目

・・・

ゆゆん

あああ、キツイわ~。


とある方のブログを読んでいたら。

ブログ主の友人が(多分、1型糖尿病)、、、

低血糖かインスリンの打ち過ぎか解らないけど。

(読んでいて動揺したもんで、、、)

昏睡状態になり、意識が戻らない・・・と。



インスリンが劇薬だってことは。

アタシは1979年に14才で日に複数回のインスリン注射を打たないと死ぬと言われた時から知ってるけど。

実は、30年ほど前。

アタシの知り合いが低血糖で昏睡状態になり、、、

救急搬送されたけども。

発見されたのが遅く、、、意識が戻らないまま亡くなってしまったと。

いまは亡き母が(耳が聞こえないアタシの代わりに)電話を受けて。

知ってしまったことがある。

(で、家が割と近くて、隣の市だったから通夜に駆け付けたんだったな・・・)

・・・もう30年前のことだなんて・・・



知り合いの死を思い出すのも、他の方の友人が昏睡状態になり、、、っていうのも。

いやぁ~、、、キツイわ~。

すい臓の細胞が壊死してしまったとかで、インスリンを作れない身体のアタシは。

インスリンがなければ栄養などを身体が利用できないので。

日に何回も注射でインスリンを体に入れなければ生きられないのだ。

で。

インスリンは命綱だけども。

量を間違えると、命がキケンなのも事実。


自分も、油断すると同じことになるのだと思うと怖すぎる。


知り合いが亡くなった時のことを思い出して。

文章が書けない。


アタシが患者会に属していない理由。

原因が糖尿以外の病気であろうが事故であろうが。

一人欠け、二人欠け、していくのが辛いから。

・・・訃報なんて、要らない、知りたくない・・・


そもそも、知り合わなければ。

いや、知り合ったとしても連絡が取れなければ。

「どこかで生きてる」って希望を持つことが出来るのに。


住所や電話番号などを教えず、会に行くことも無ければ・・・

そう思うものの、昔は入会する時に住所氏名を教えてたんだよなぁ ^^;

30年前といえば、1995年頃で。

PHSを使っていたかもしれないけど、まだFAXとかインターネットなど無く。

会の集まりの連絡などは、ハガキか封書だったから。



どういうワケか。

会を辞めてから、10年単位で経過していても。

訃報というものは。

(差出人の名に思い当たらないんだけども、、、)

何処からともなく舞い込んでくることがあるんだよねぇ。

なぜなんだ。

会を辞めて10年以上経ったなら忘れてくれよ、と思う。

・・・きっと、ずっと同じ所に住んでいるからだね・・・




ただいまの脳内音楽は「我が心の友へ」(イルカ/1980年?)


我が心の友へ 武道館LIVE






とりあえず、気分転換を。




いま、生きていることに感謝。



・・・。